デザインを保護する意匠法は、令和元年5月17日に公布された「特許法等の一部を改正する法律」において大きく改正されました。今回のエントリでは、この改正法の内容の概略をご紹介いたします。
なお、下記(1)~(8)の項目については、令和2年4月1日に施行されていますが、(9)の項目については、公布の日から2年以内に施行される予定となっており、具体的な施行日については、後日政令で定められます。
(1)画像の意匠についての保護の拡張
従来、意匠法では、物品と意匠の一体性が求められていたため、物品に記録された画像のみが保護対象となっていました。
今回の意匠法2条(定義規定)の改正により、「機器の操作の用に供される画像」又は「機器が機能を発揮した結果として表示される画像」については、物品から離れた画像自体として保護を受けることも可能となり、サイバーモール(仮想商店街)やナビゲーションサービスなどのクラウド上の画像のほか、道路に投影された画像等が保護されることになります。
また、「画像と画像」のみならず、「画像と物品」、「画像と建築物」、「画像と物品と建築物」からなる組物の意匠も認められます(改正意匠法8条)。
このように、IoT等の技術の普及に対応して、画像の意匠についての保護が拡充されますが、テレビ番組の画像、映画、ゲームの画像、風景写真などのコンテンツ画像は、改正後の意匠法においても保護対象とはなりません。
画像の意匠の出願に際しては、【意匠に係る物品】の欄に「○○用画像」又は「○○用GUI」のように、画像の用途を記載します。
(2)建築物の意匠の保護対象化
改正前の意匠法では、保護の対象となる意匠が「物品」の形状等に限られており、「物品」とは、動産を意味するとされていました。このため、不動産については独創的なものであっても保護を受けることができず、容易な模倣を招きかねないという問題がありました。
上記のような状況に鑑み、意匠法2条(定義規定)が改正され、土地に定着した建物や土木構造物についても保護を受けることができるようになりました。
また、一の建築物の意匠としてだけでなく、建築物の組物の意匠としての登録も認められます(改正意匠法8条)。
なお、建築物のデザインの保護に関係する法律として、著作権法、商標法、不正競争防止法などがありますが、著作権法による保護を受けるためには、建築芸術といえる必要があり、商標法における立体商標として保護を受けるためには、高い識別性を備えている必要があります。また、不正競争防止法により保護を受けるためには、裁判において商品等表示該当性や周知性、著名性について争う必要があり、ハードルは高いものとなっています。この点、新規性、創作非容易性等の要件を満たして意匠登録を受けることができれば、模倣のデザインを比較的容易に阻止することができます。
建築物の意匠の出願に際しては、【意匠に係る物品】の欄に「住宅」、「ホテル」、「オフィス」、「病院」のように、その用途を記載します。様々な業種のテナントが入る大規模施設などについては、【意匠に係る物品】の欄に「複合建築物」と記載し、【意匠に係る物品の説明】の欄に、「この建築物は、低層階を店舗、上層階を宿泊施設として用いるものである。」のように具体的な用途を記載します。図の表示としては、建築図面に用いられる【東側立面図】、【西側立面図】、【南側立面図】、【北側立面図】、【屋根伏図】等の記載も許容されます。
(3)内装の意匠の保護対象化
意匠法においては、一意匠一出願の原則(意匠法7条)があり、店舗や事務所などの建築物の内装デザインは、複数の物品(壁や床の装飾、テーブル、椅子、証明器具等)から構成され、組物の意匠(意匠法8条)の対象ともされないため、改正前の意匠法では、登録を受けることができませんでした。
今回の改正において、新しい条文が規定され、店舗、事務所等の施設の内装の意匠が一意匠として登録を受けることができるようになりました(改正意匠法8条の2)。
内装の意匠の出願に際しては、【意匠に係る物品】の欄に、「カフェの内装」、「オフィスの執務室の内装」、「自動車ショールームの内装」、「手術室の内装」、「観光列車の内装」等、内装の具体的な用途が明確となるものを記載します。図面については、床、壁、天井のいずれか一つ以上を表わして、内部形態のみを開示すればよく、意匠の特定に支障がない範囲内で、様々な図法による開示が認められます。
(4)関連意匠制度の拡充
改正前の意匠法(下図では現行法)においては、関連意匠を出願できる期間が本意匠の意匠登録公報の発行前まで(本意匠の出願から8か月程度)に限られており、また、関連意匠として出願できる意匠は、本意匠に類似する意匠に限られていました。このため、同一のコンセプトに基づいて進化していく意匠を保護することができませんでした。
そこで、今回の改正により、関連意匠の出願可能期間が延長され、本意匠の意匠登録出願日から10年を経過する日前までに出願されれば、意匠登録を受けることができるようになり(改正意匠法10条1項)、また、関連意匠にのみ類似する意匠についても、関連意匠として出願ができるようになりました(改正意匠法10条4項)。
改正後の関連意匠制度においては、最初に本意匠として選択した一の意匠を「基礎意匠」といい、基礎意匠の関連意匠、及びこの関連意匠に連鎖する段階的な関連意匠を「基礎意匠に係る関連意匠」といいます(改正意匠法10条7項)。
関連意匠の出願の審査に際しては、関連意匠にのみ類似する意匠についても、基礎意匠に係る他の関連意匠との間において、先願の規定は適用されません(改正意匠法10条7項)。また、自己の基礎意匠及び基礎意匠を同じくする関連意匠と同一又は類似する公知意匠は、新規性及び創作非容易性の判断の基礎となる資料から除外されます(改正意匠法10条2項、8項)。
改正意匠法の施行前に出願した意匠を本意匠とする関連意匠の出願をすることもできます。ただし、関連意匠として意匠登録を受けるためには、基礎意匠の出願から10年を経過する日前までに関連意匠の出願をする必要があります。また、関連意匠の設定登録時に本意匠の出願が係属又は意匠権が消滅せずに存続している必要があります。
この場合においても、関連意匠の意匠権の存続期間の満了日は、基礎意匠の意匠登録出願の日から25年経過した日となります。
また、基礎意匠の意匠権は、改正前の存続期間が適用されるので、設定登録の日から20年までで消滅しますが、その場合、二以上の者に排他的権利が成立することを防ぐため、後に存続する関連意匠の意匠権は分離移転することができず(改正意匠法22条2項)、専用実施権は、全ての関連意匠の意匠権について同一の者に対して同時に設定する場合に限り、設定することができます(改正意匠法27条3項)。
(5)組物の意匠の拡充
改正前の意匠法では、組物の意匠については、部分意匠の意匠登録が認められていませんでしたが、今回の改正により、組物の意匠についても、部分意匠の意匠登録が可能になりました。また、物品と同様に、建築物、画像の意匠についても、部分意匠の意匠登録を受けることができます(改正意匠法2条、8条)。
また、ユーザーからの改善を求める意見を受け、組物の意匠として登録可能な意匠の対象について見直しが行われました(意匠法施行規則8条、別表第2)。
(6)存続期間の延長
意匠権の存続期間は、従来、設定登録の日から20年とされていましたが、今回の改正により、意匠登録出願の日から25年となりました(改正意匠法21条1項)。
また、関連意匠の意匠権の存続期間は、その基礎意匠の意匠登録出願の日から25年となりました(改正意匠法21条2項)。
この規定は、令和2年4月1日以後にする意匠登録出願について適用され、それ以前に出願された意匠登録出願については、従来どおり設定登録の日から20年となります。
(7)創作非容易性の水準の引き上げ
創作非容易性の判断の基礎とする資料については、従来、出願前に国内外で「公然知られた」形状等とされていましたが、より多くのデザインが刊行物やインターネットで公開されるようになっている現状に鑑み、創作性の高い意匠の創作を促すため、今回の改正において、「公然知られた」形状等に加え、「頒布された刊行物に記載された」又は「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった」形状等及び画像も創作非容易性の判断の基礎資料とされることになりました(改正意匠法3条2項)。
この規定もまた、令和2年4月1日以後にする意匠登録出願について適用され、それ以前に出願された意匠登録出願については、従来どおりの規定が適用されます。
(8)間接侵害の対象拡大
改正前の意匠法では、直接侵害とはならないが侵害とみなす間接侵害として、「物品の製造にのみ用いる」専用品を生産、譲渡等する行為及び物品を譲渡等のために所持する行為を規定していましたが、侵害品である完成品を構成部品(専用品でない物)に分割して輸入等が行われる事例が発生していました。
そこで、今回の改正により、侵害となることを知っている主観的要件を備えていることを前提として、専用品でない構成部品の製造・輸入等の行為も意匠権侵害とみなされることとし、取り締まることができるようになりました(改正意匠法38条)。
(9)出願手続の簡素化
我が国の意匠法においては、意匠登録出願は意匠ごとに出願しなければならないという一意匠一出願の原則(意匠法7条)が採用されており、1件の出願に複数の意匠を含めることはできません。
一方、諸外国やハーグ協定のジュネーブ改正協定に基づく国際登録制度においては、複数意匠の一括出願が認められており、日本を指定国とした複数意匠を含む国際出願については、意匠ごとにされた意匠登録出願とみなされています(意匠法60条の6)。
そこで、国際調和の観点の下、出願人の手続負担を軽減すべく、今回、通常の国内出願についても、一意匠一出願の原則を維持しつつ、複数意匠の一括出願が可能となるように意匠法7条が改正されています。
これに伴い、物品の区分が廃止され、意匠法施行規則別表第1に示された物品の区分と同程度の区分を願書に記載していないことが拒絶理由ではなくなるため、意匠に係る物品の柔軟な記載が可能となります。なお、現在物品の区分を定めている意匠法施行規則別表第1に代えて、「意匠に係る物品等の例」が作成される予定となっています。